・「アスキーアートの法と慣習」―アスキーアートの権利関係についてのエントリー(別館「犬が目覚めた日」)

     ・「連載物の保管庫」―上記の物をまとめたもの

『いまどきの「常識」』の評

小論文の練習がてら、本の論評をしてみることにしました。
取り上げたのは、香山リカ氏の『いまどきの「常識」』です。本の構成は、6つのテーマを元に、合計30の小論となっています。この中から一つの小論を選び、書いていきたいと思います。
もともと、香山氏の文書は読みやすいので、練習には最適だと思っています。

「自分の周りはバカばかり」―人間関係・コミュニケーション編―「涙が切り札」




―概要―
 まず、この小論では、近年「『涙』の意味や価値が上がり、自分や他人が流す『涙』に過敏に反応する人が増えている」こと論評現象として取り上げている。具体例としては、『世界の中心で愛を叫ぶ』や女性雑誌の記事などだ。
 そして、何故、香山氏がこの現象を問題だとして取り上げているかというと、「『涙絶対主義』ともいえる雰囲気がある」からだとしている。「涙絶対主義」とは「誰かが一瞬、流した『涙』があらゆる感情や理屈よりも価値があるものとして通用し、議論も思考もそこでストップする」ことである。その具体例としては、北朝鮮問題において「外交上、(日本が)北朝鮮にどう対応していくか」と、拉致家族の涙をともなう感情が同次元の問題としてとりあげられ、「しかもその中でもっとも優先されるべきは『本当にかわいそう』といった個人的感情なのだ、という価値観が広まりつつあるような気がする」ことが挙げられている。
 さらに、これらとは逆に「飢えや別離に苦しむ北朝鮮の一般の人たちの『涙』」や、イラク人質事件において「青年の家族が見せた『涙』」が「日本の人々の感情に訴えかけることはそれほどなっかた」ことを例にとりながら、「自分たちの心を癒す『涙だけに目をとめ、自分たちの非をや責任を思い起こさせるような『涙』は都合よく見ないようにしているのではないだろうか。もしそうだとしたら、それくらいあざとい「涙の利用の仕方はないだろう」と評している。

―論評―
 香山氏の文書において「議論も思考もそこでストップする」という部分が気になった。香山氏は「涙絶対主義」を「ストップ」としている。しかし、「涙絶対主義」の立場からしたら、これは「スットプ」ではなく、結論なのではないだろうか。
 また、香山氏は「涙絶対主義」と書きながらも、後半においてその例外を書いている。もちろん、その例外に対しては批判的であるのだが、これでは「絶対主義」というのは成り立たなくなってしまう。
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  by syakai21 | 2006-03-06 18:07 | 論評

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