・「アスキーアートの法と慣習」―アスキーアートの権利関係についてのエントリー(別館「犬が目覚めた日」)

     ・「連載物の保管庫」―上記の物をまとめたもの

AA事件簿‐ギコ猫騒動―議論スレでの流れ②

タカラのギコ猫商標出願について連絡あったの?2

注意:以下の文書において、レスの引用のように見える「」には、私がそのレスから主要な意味を取り出したもの、つまり、レスの文をそのまま引用したものではないものが含まれています。





まとめ

 このスレッドにおいては、西村氏がタカラへ送る質問状(抗議文)の原案を公開したことが大きな出来事であった。
 その他に行われた議論・話し合いとしては、①「ギコ猫」の商標登録による本当の被害②「あやしい」との関係③ギコは誰のものか、などがある。そして、前スレ同様、④ひろゆきが商標登録することに関する議論も行われている。



①「本当の被害」

 それぞれの議論の経過を書き出す。①の議論は、「ギコ猫という名称が登録されても、掲示板での使用はまったく関係ない」の>>114)という発言に始まる。確かに、「ギコ猫」という名称が登録されただけでは、掲示板で使えなくなるということはほぼ0%と言ってもいい。(商標区分に入っていない。掲示板上では商標として使われることがない。)
 それに対して出された反対意見は、「グッツにギコ猫(ギコ)の名前が付けられなくなる、もしくはグレーゾーンに入ってしまう」の>>154、>>166、>>752)というものであった。グッツの場合は、タカラが第28類の玩具において人形などを登録しているので、規制できる可能性がある。先使用権を持てる可能性もあるが、それだとしても新規にグッツを作る人は「ギコ猫」の名称を使えないことになる。



②「ぁゃιぃとの関係」

 次に②の議論・話し合いは、ギコ発祥の地と思われる掲示板「ぁゃιぃ」との関係に関するものである。これは前スレにおいても度々言及されていた。
 何故、「ぁゃιぃ」との関係が議論となるのか。それは、ギコが「ぁゃιぃ」発であるからである。そして、それを所謂2ちゃんねらーが使っているからである。このような状況下によって、ギコは「ぁゃιぃ」のものではないか、という認識が実際にそれに反対するかどうかは別にして作られたのである。の>>140の「あやしいの奴らから見れば、なんで2chの奴がギコ猫使ってんだって話しだろうな」という意見や、前スレで見られた「ギコってぁゃιぃ生まれじゃないっけ?」という意見は、そのことを象徴している。



③「ギコは誰のものか」

 そして、③のギコは誰のものかという議論である。この議論は、意識しての発言かは分からないが、「2ch共通の文化であるギコ」の>>150)「2ちゃんねるのアスキーアート」の>>687)という発言を契機としている。これに対して、ID:3wn3JzwI氏が「AAは誰のものでもない。2chではなくネット共通」の>>156、>>696)と批判している。確かに、ギコやモナーの原型は2chで発祥したものではない。②の「ぁゃιぃ」の議論でも触れられているが、2chはギコを(勝手に)使っているのである。そのような理由から、「ネット」と範囲を広く取っているのであろう。

 では、「誰のものでもない」という考えはどこから来たものなのか。

 まず、前回の記事でも書いたが、この考えはある程度一般性のある考えのようだ。今回のスレでも、「誰のものでもない」「共有財産」「公共財」などという言葉を使いながら、の>>696、>>714、>>741、の>>329、>>332、の>>711、>>845で語られている。同時に、ギコ(AAキャラクター)を「誰のものでもない」「共有財産」「公共財」とすることが議論になることもなかった。
 次に、そのような中でギコの作者というものはどのように考えられているのか。一般にギコの作者は「ぁゃιぃ」のコテ、擬古猫氏と言われている。(の>>683(前スレ)実際は、のまネコ騒動のとき擬古猫氏自身が語ったように「ぁゃιぃ」内部でも様々な経過を経ているのだが、それは後にまとめるつもりである。とにかく、ギコの作者=擬古猫という考えがある程度の広がりを見せていた。
 しかし、このスレでは少し違う意見が見られた。それは、の>>667で端的に表されているように、「ギコ猫は、名称も形態も、改造と変遷を経て現在『ギコ猫』として認知されるものへ至っているため、誰をもって『ギコ猫の作者』とするか、は、特定不可能です」という意見である。確かに、「ギコ」というフレーズはギコのAA以前からあるらしく、また擬古猫氏自身が使っているギコのAAは、一般に2chで使われているものと顔が違っている。また、実際にログが残っている訳でもないので、「私がギコの作者である」と主張しても、それを客観的に証明することはできない。この観点に立てば、ギコの作者というのはあやふやな存在にならざるをえない。
 以上のことから、ギコ(AAキャラクター)の作者があやふやであることが、作者というものを不鮮明にし、「誰のものでもない」という考えを導いたという仮説が成り立つと思われる。
 ちなみに、のまネコ騒動のとき、AA長編板の議論スレにおいて「AAキャラクターの作者はいない(不明ではなく)」という意見が出されている。この意見は、上記の「特定不可能」と何かしらの関連性を持つと思われるが、意見の意味においてはのまネコ騒動の章で取り上げたい。

 また、の>>741は「掲示板に書き込んだAAに著作権主張するような人間はいなかったから、『誰のものでもない』と言うのが一番正確だろうね。」と発言している。この意味は、実質著作権を放棄している状態だから「誰のものでもない」、ということだろう。>>741氏が言うように、このような認識も「誰のものでもない」という考え方を導いた要因の一つだと思われる。この考えはAAだけに限定される物ではなく、2ちゃんねる一般に考えだったようにも思われる(VIPブログ騒動から)。



④「西村氏が商標を取ること」

 そして、④の議論である。この議題は今後中心的な議題になっていく。このスレにおいては、主に二つの部分に分かれている。一つ目は、の>>201を契機として起こった議論である。201氏は「全額鯖運営費に当てられるとしても、ひろゆきがAAの権利を持ち、AAで儲けることには反対だ」という発言をしている。201氏がこのような発言をしたのは、「今回、この話題語ってる色んな板のスレ見てきて、ひろゆきが儲けるならあり。って考えの奴が結構居る事に気付いた」(の>>220)からだという。
 残念ながら、私はこのレスが設定している状況がよく分からないでいる。タカラが2ちゃんねる(西村氏)に金を払うならタカラが商標登録するのもあり、という話なのか、タカラに変わって西村氏が商標権を取得してくれるなら、西村氏がそれで儲ける(もしくは運営費に当てるなら)のもあり、という話なのか。
 上記の疑問が残るが、これ以後西村氏がAAで儲けること(運営費に当てること)の是非が議論された。意見としては、201氏の他に「運営費のたしになるなら、許す」の>>226、>>242)「商標登録が問題であり、勝手にグッツを作って儲けるのはいい」の>>299)が出された。

 一方、もう一つの議論とは、西村氏がタカラに出す質問状(抗議文)の原案にあった「そういった自由にキャラクターを育て、自由に使える状況を存続させるために私自身で商標を登録して、様々なユーザーに自由に使ってもらえるようにしようと考えていた矢先の出来事でした。」の「私自身で商標を登録して」という部分に対する疑問として始まったものである(の>>289)。こちらの議論の方が、今後本格的に議論されることになる。
 この西村氏が商標権を取ることに対して、の>>293、>>306、>>314、>>315、>>329(289と同一)、>>332で289氏と同様の批判的な目が向けられている。特に、332氏の意見はハッキリしており「ギコ猫では権利は取れてはいけない。ひろゆきであろうと誰であろうと取れてはいけない。法律上こうなっている、は別にしてギコ猫は誰のものでもない、公共の所有物である。ギコ猫を『公共物』だとできないのなら法律のほうが間違っている。」と、ギコ猫が公共物であることから西村氏が商標権を持つことを批判している。
 しかし、議論のきっかけとなった289氏自信が「諸刃の剣」と表現するように、「私自身で商標を登録して」にある程度の効果を認め、324氏が289氏の「私自身で商標を登録して」に疑問を呈したことに同意しながらも、「でもひろゆきが商標取らなきゃ自由に使えないのが現実なのかナァ」と発言していることから、西村氏がAAキャラクターの権利を持つことの実行力は認めていることが分かる。そして、この騒動に対して「どうにか手を打たなければいけないのも事実だ。むしろひろゆき氏が取ってくれるなら個人的にはその方がいい」の>>347)、「タカラなぞという信用のおけない糞企業に商標をとられるくらいならひろゆきが持っていた方がまだマシ」の>>755)という意見も出されている。
[PR]

  by syakai21 | 2006-08-06 23:17 | ギコ猫騒動

<< AA事件簿‐ギコ猫騒動―議論ス... AA事件簿-ギコ猫騒動-議論ス... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE