・「アスキーアートの法と慣習」―アスキーアートの権利関係についてのエントリー(別館「犬が目覚めた日」)

     ・「連載物の保管庫」―上記の物をまとめたもの

なぜ、著作権と違って、特許権延長の話は聞かないのか?

初めに


 著作権の延長が問題となっている。具体的には、現在の「著作者の死後50年」となっているのを、「死後70年」にするのは是か非かという問題である。

 もっとも、「著作権保護期間の70年延長に反対する」にもあるように、この問題自体は以前から存在していたようだ。最近のこの問題の盛り上がりは、「著作権問題を考える創作者団体協議会」が著作者の死後50年から同70年に延長するよう文化庁に要望書を提出したことや、「著作権保護機関の延長問題を考える国民会議」が出来たことがきっかけとなっていると思う。

 ところで、この著作権延長の騒動を見ていく中で、一つの気になったことがある。それは、特許権を延長してくれという話は聞かないな、というものである。というのは、今回の一連の議論は、日本が「知財立国」を目指していることから始まっている。それなら、「特許権」の期間の話も出ていいはずだ。



「消費期限」と「模倣」の差


 それにも関わらず、「特許権を延長しよう」や「特許権を短縮しよう」という話を聞かないのはなぜだろうか。答えとしては、「特許権を延長しなくてもいい」「特許権を短縮しなくてもいい」と多くの人が考えているからだろう。では、なぜ著作権と違い特許権はそのように考えられているのか。

 とりあえず、現時点の仮説として次の二つを考えてみた。一つには、著作物と違って発明は消費期限があるから、二つ目に、発明(産業)の世界は著作物以上に「模倣」の世界であるから。それぞれをもう少し書いてみる。

 まず、発明の消費期限である。身の回りを見てみれば分かると思うが、全ての発明はいずれ「時代遅れ」になる運命である。将来、iPodやiPhoneが昔の技術(特許を取っているのかどうかは知らないが)になることは避けられない。もちろん、中には20年という期間(現在の特許の期限は20年)を耐え抜くのもあるだろう。だが、そのようものは一部であると思う。つまり、それ以上権利を持っている必要がない、だから延長を望まないというものである。これに加えて、特許の場合は毎年更新料を払う必要があるのも、いらなくなった発明の権利を必要としない理由であろう。

 一方、著作物の場合は消費期限というのもがなじみにくい存在である。夏目漱石の小説は今でも価値を持っているし、昔の画家の作品は現在でも高額で取引されている。「青空文庫」というのが有名になっているのは、その中に存在している作品が現在でも価値を持っているからだ。そのため、著作権の権利を「延長してくれ」という要望が多くなるのではないか。特許と違い、更新料がないのも、延長を望みやすくなる理由の一つであろう。

 次に、「模倣」の話である。今回の延長問題で、「文化は模倣によってなりたっている」という言葉をよく見かける。私はこれ自体には同意する。だが多くの場合、模倣の対象となっているのは、著作権が保護する「表現」ではなく、保護しない「アイデア」の方であるとも思う。

 もちろん、「アイデア」と「表現」の違いはグラデーション的であり、ハッキリと分けられない場合もある。

 だが、創作活動において、ある小説の一部分を素材として(パロディとしてでなく)、自分の小説に使う、ある絵の一部分(目や口、一コマを)素材として、自分の絵に使うなどの行為(ハッキリと「表現」を使う)が一般に行われているという話は、聞いたことがない。つまり、相対的に考えて著作物の場合は「表現」の模倣をあまり必要としていないと思う。

 一方、発明の場合はどうか。まず、そもそも新たな発明は以前の発明より有益(より早く、より安全に、より小さく)であることに価値がある。つまり、他の製品と違うものを作っても、それがその「他の製品」より有益でなければ意味がない。そうすると人々(特に企業)は、「より有益な発明」の模倣を望むようになる。そして、発明の場合は、技術そのものの転用が著作物より用意であろうから、著作物より模倣が重要となっているのではないだろうか。また、一社(一人)だけが「より有益な発明」を生み出せるはずもないから、それほど長い期間を要望しなのではないか。

最後に


 以上のように、消費期限と模倣の程度を、著作権と比べて特許権の延長の話を聞かない仮説として考えてみた。

 だが、そもそも本当に「特許権を延長しよう」という声がないと確かめた訳ではないし、模倣の部分は少し自分でも疑問点が見えてくる。そのほか、EUの70年延長の理由が、平均寿命の延長であるというような、著作権が「著作者」というものを機軸に出来上がっているという一面も関係ありそうだ(だだ、それだと「著作者」が機軸にないアメリカが70年を求めるのも変だが)。

 まだ、特許権はよく知らないが、「比べることによって、物事は理解できる」のようなことも、ものの本に書いてあったので、特許権(意識)と著作権(意識)を比べるのも面白そうである。

その他

  • 「文化は模倣によってなりたっている」のなら、著作権延長を望んだディズニーはいずれ自滅するのか。
  • 「産業は模倣によってなりたっている」とすると、もしIBMが特許権延長を望むなら、それはIBMの自滅を意味するのか。

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  by syakai21 | 2007-02-05 14:57 | 論評

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