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「赤ちゃんポスト」の問題点を整理してみる。

事件の概要


 最近の「赤ちゃんポスト問題」は、昨年の12月に、熊本市の慈恵病院が「赤ちゃんポスト」設置を熊本市へ申請したことから始まります。

 「赤ちゃんポスト」とは、親が養育できない新生児を受け入れるシステム・装置のことです。慈恵病院では、これを「こうのとりのゆりかご」と言っています。具体的な計画では、「外壁に縦45センチ、横65センチの扉を付け、温度を36度に保った内部の医療機器に赤ちゃんを預けられるようにする。赤ちゃんが置かれると、重さでセンサーが感知し、院内にブザーで知らせる。監視カメラは付けない」そうです。

 この申請を受けて、22日に厚生労働省は「現行法では明らかに違反とは言い切れない」として、設置を認めました。

 厚生労働省も「親が子供を遺棄するということはあってはならないこと」とは発言し、また、一律に「赤ちゃんポスト」を認めたわけではありません。ですが、許可がおりたということで、政界を巻き込んだ問題となっているようです。

参考、引用リンク




問題点は「二つの悪」の関係


 「赤ちゃんポスト問題」の問題点・論点は、「二つの悪」の関係です。一つは、①子供を捨てるという悪、もう一つは、②子供が死ぬという悪です。そもそも、「赤ちゃんポスト問題」は、この二つの悪を最小にするにはどうすれば良いのか?という問題だと思います。

 この二つの悪は、相互に関係しています。一つに、②の悪は①行動があって初めて起こるものである。二つ目に、一般に①より②の方が重い悪である。三つ目に、①を無くそうとすると、②が増える可能性がある。四つ目に、②を無くそうとすると、①が増える可能性があるということです。

 三つ目のようになる理由は、無くそう、つまり取り締まろうとすると、子供を捨てる親は捕まらないようにするために、子供を見つかりにくい場所に捨てる可能性があるからです。そのため、子供が死ぬ確立も上がります。

 4つ目のようになる理由は、子供を赤ちゃんポストに入れることが罪に問われない(このとは、記事を読んでもあまりハッキリと載っていませんでした。とりあえず、問われないと仮定しておきます)ため、子供を捨てる親が増える可能性があるからです。また、子供の命は助かるため、「子供が死ぬ」という抑止力が弱くなり、遺棄が増える可能性もあります。

関係のまとめ


 今までのをまとめてみます。
  1. 「赤ちゃんポスト問題」には、二つの悪がある

    1. ①子供を捨てるという悪
    2. ②子供が死ぬという悪

  2. 「赤ちゃんポスト問題」は、この二つの悪を最小化する方法は何か?という問題である。
  3. 「子供を捨てる悪」と「子供が死ぬ悪」は次の相互関係を持っている。

    1. ②の事態になるのは、①の行為があるから
    2. 一般に、①より②の方が重い悪
    3. ①を無くそうとすると、②が増える可能性がある
    4. ②を無くそうとすると、①が増える可能性がある。

悪を認めるか、認めないか


 「赤ちゃんポスト」の是非は、上の条件のもと議論されるものだと思います。

 ただし、それ以外にも議論のうえで考える要素があります。それは、「赤ちゃんポスト」の場合、①の悪を許容していることです。

 もちろん、慈恵病院が子供を捨てる行為を正しい、問題ないとしているわではないと思います。しかし、今まで通りのやり方(捨てた人に対する刑罰)では、①②の罰を親にかすという方法で、①②の許容を拒んできました。一方、「赤ちゃんポスト」の方は、心情的にはもちろん違うでしょうが、制度的に①を許容していることには変わりありません。
 
 このことが、「赤ちゃんポスト」を心情的に納得させないものにしていると思います。
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  by syakai21 | 2007-02-24 02:58 | 論評

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