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2006年 12月 25日 ( 1 )

 

いつ、コミュニケーションは「能力」になったの?

近況

 
 現在、私は就職活動の身です。そのため、就職サイトとか経済雑誌を少し読むようになりました。それで、それらのサイトや雑誌を見ていると、「コミュニケーション能力」という言葉がよく目に付く。どうやら、働く上で、この能力が重要になっているらしい。私は話すのはあまり得意じゃないので、これは困った。

違和感


 でも、何か違和感を感じた。自分でもよく分からんが、この「コミュニケーション能力」って言葉には、「聞き方の方法」とか「喋り方の方法」とか、「聞き上手・喋り上手」とかの言葉以上のものを感じる。なんか、その人の全人格、全性格に関わる概念のように思えてくる。
 私は、コミュニケーションは言葉だけのやり取りではないと思っている。身振り、動作、相手の想像する自分など、それこそ、自分の人格と相手人格の関わりだと思う。この関わりを自由に扱うことが出来たら、つまり、自分が想定する「自分像」を100%相手に抱かせることが出来るのなら、その人はある意味、閉じている人なんだと思う(『図書館戦争』『図書館内乱』の柴崎麻子氏みたく。←お勧めの小説)。
 そういう全人格的なものに、「能力」という言葉は合いにくいんじゃないかと。
追記:ちょっと、自分でも変な文書に思えてきたので、一時横線

終わり


 まあ、一般に言われているのは、「聞き方の方法」とか「喋り方の方法」のことなんだと思う。そんな、暗いものではないだろう。だから、今まで言ったことは、『コミュニケーション能力」という言葉のみから、自分が感じた印象である。
 さて、就活頑張らねば。

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  by syakai21 | 2006-12-25 03:30 | 雑記

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