・「アスキーアートの法と慣習」―アスキーアートの権利関係についてのエントリー(別館「犬が目覚めた日」)

     ・「連載物の保管庫」―上記の物をまとめたもの

カテゴリ:論評( 7 )

 

「赤ちゃんポスト」の問題点を整理してみる。

事件の概要


 最近の「赤ちゃんポスト問題」は、昨年の12月に、熊本市の慈恵病院が「赤ちゃんポスト」設置を熊本市へ申請したことから始まります。

 「赤ちゃんポスト」とは、親が養育できない新生児を受け入れるシステム・装置のことです。慈恵病院では、これを「こうのとりのゆりかご」と言っています。具体的な計画では、「外壁に縦45センチ、横65センチの扉を付け、温度を36度に保った内部の医療機器に赤ちゃんを預けられるようにする。赤ちゃんが置かれると、重さでセンサーが感知し、院内にブザーで知らせる。監視カメラは付けない」そうです。

 この申請を受けて、22日に厚生労働省は「現行法では明らかに違反とは言い切れない」として、設置を認めました。

 厚生労働省も「親が子供を遺棄するということはあってはならないこと」とは発言し、また、一律に「赤ちゃんポスト」を認めたわけではありません。ですが、許可がおりたということで、政界を巻き込んだ問題となっているようです。

参考、引用リンク


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  by syakai21 | 2007-02-24 02:58 | 論評

なぜ、著作権と違って、特許権延長の話は聞かないのか?

初めに


 著作権の延長が問題となっている。具体的には、現在の「著作者の死後50年」となっているのを、「死後70年」にするのは是か非かという問題である。

 もっとも、「著作権保護期間の70年延長に反対する」にもあるように、この問題自体は以前から存在していたようだ。最近のこの問題の盛り上がりは、「著作権問題を考える創作者団体協議会」が著作者の死後50年から同70年に延長するよう文化庁に要望書を提出したことや、「著作権保護機関の延長問題を考える国民会議」が出来たことがきっかけとなっていると思う。

 ところで、この著作権延長の騒動を見ていく中で、一つの気になったことがある。それは、特許権を延長してくれという話は聞かないな、というものである。というのは、今回の一連の議論は、日本が「知財立国」を目指していることから始まっている。それなら、「特許権」の期間の話も出ていいはずだ。

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  by syakai21 | 2007-02-05 14:57 | 論評

辛い話でありんす。

【勝手にトラックバック推進期間中】


僕としては社会の維持を基準として取り締まるべきで、実際の被害状態と社会影響から刑量を算出すべきと思っているので、もちろんこの男性教諭はアウト!であるわけだけど、もしこのサイトが児ポ法や侮辱罪などをうまーく回避するような構成であった場合、社会的に受け入れられるのか?といったら実際そうならないわけだし、実際今回の罪も、児ポ法や侮辱罪の本来の刑量を足したものよりも、多くの罰が下ると思うんですよ。
世論になればもっと強くて、こういうのって殺人を犯したのと同程度の風評が起こると思うんですよね。
はてぶでも、2ちゃんねるでも、人間失格とか実名報道しろっていう論調が多いでしょ?

そういうのってやっぱ感情論だし、そういう方法だけでこれからこういう問題って乗り越えていけないんじゃないかなぁと思います。
どこを基準にどこまでを禁止するべきなのかとか、
迷惑とか被害とかそういうのを差し引いた状態で、異常性愛はそれだけで罪になりえるのかとか、
実際社会的に罪になっているけど、それはどうなのか?とか、
いろんな人にも考えていただきたいなぁと。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 事故死の子供の写真HP掲載、遺族6組が教師告訴へ

しっぽのブログ: 「クラブきっず」と吉良吉影問題



「体感治安」という言葉が、メディアにも普通に登場します。この言葉を考えた人は、すごいコピーライターだなと思います(もちろん皮肉です)。その理由は二つあります。まず、「治安」という社会現象を「体感」、つまり個人の内面の問題に収束させてしまっていること。個人が不安だと思いさえすればいいのですから、これは反論不可能な概念になります。そしてもうひとつは、内面の問題であるにもかかわらず、「治安」が悪化している以上、その原因となっている犯罪の方をなんとかしなければならない、と思わせる力を持っているということです。

Webマガジンen


どのような「感情」?


 とりあえず、この場合の「感情論」は、どのような「感情」から出ているのか考えてみた。思いついた、見かけたのは、「キモイ」「怖い」「不安」「ヤバイ」「不快」という単語。(感情なのかどうか怪しい単語もある。そもそも感情自体がグラデーション的な存在だから、「どのような『感情』」とか「同じ感情」という表現は成り立たないかもしれない)。そして、どの感情が出るかは、その感情を出す切っ掛けとなった対象(今回は性癖)の認識の仕方によって違う。例えば、スカトロに対しては「キモイ」という感情は出ると思われるが、「不安」という感情は出にくい(少なくとも一般的ではない)と思う。同性愛はキリスト教圏だとそれ自体が非倫理的(不道徳)な存在として扱っているらしく、たぶん日本とは捉え方が違うため、出てくる感情もおそらく違う。
 もちろん、出される感情は一つではない。また、対象の認識が違っても、出された感情の中に同じ感情が含まれることもある。

「不安」を無くしたい


 その出される感情の中で、今回の事件は「不安」が大きなウエイトを占めていたように思う。また、今回の事件に限らず、メーガン法ように不安が問題になることは多い。詳しいことは、先に引用した鈴木謙介氏の文にある。要するに、人々が不安に駆られて、客観的な「安全」ではなく、主観的な「安心」を求めており、それを続ける限り「安心」は手に入らない、という話である。「不安」を作る「異常性愛はそれだけで罪」だとされている、ということでもあると思う。(鈴木氏の文書全体のテーマは、また別の所にある)
 これが難しいのは、「不安を感じるな」とか「不安をなくせ」と言った所で、不安が無くならないところだろう。自分だって、無くすることはできない。また、議論上では感情に流されるのを否定するが、実生活では絶対流される(アブ好きな自分を自己否定してる感じだな。。。)。
 だから、不安を無くす方法が無い限り、辛い話でありんす。

その他


あなたの子供がこれらの性質を持って生まれる可能性がある、ということです。


 超能力者が出る物語でありますね。超能力撲滅協会の会長の息子が超能力者だったとか。
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  by syakai21 | 2006-12-05 23:57 | 論評

マナーとしての著作権

ゲド戦記:挿入歌の歌詞が朔太郎の詩と酷似-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

 自分は、「ゲド戦記」自体は決して好きじゃなかったけど(この曲は好き)、この問題はいろいろ面白いので書いておく。



法的にはどうか

 まず、今回は著作権云々の話らしいから、少ない知識ながら法的な話を書いてみる(金が無くて、図書館で借りてる著作権本もないことをご了承の上で)
 初めに、「こころ」の作者、萩原朔太郎氏は1942年に亡くなっている。だから、著作者死後50年に財産権が切れる日本の法律のもとでは、財産権(今回は翻案権)の問題は無い。だから、問題となるのは、人格権の方になる。
「著作者人格権』の保護期間」・・・・著作者の生存中(ただし、著作者の死後においても、原則として、著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない」(著作権法入門 文化庁編著)
 
具体的には、①同一性保持権の侵害になるか、②二次的著作物であるか、③二次的著作物だとしたら、あの「萩原朔太郎」の表記の仕方では、氏名表示権の侵害とならないか、があげれると思う。だぶね、たぶん。これ以上は、もう警察か遺族が裁判でも起こさないとこには答えは出ない思う。



マナー的にはどうか

 でも、正直、法的にどうかなんて、みんな気にしてないと思う。実際、裁判やるまで答えなんて出ないしね。ギコ猫騒動のときだってそうだったし。
【社会】 "作詞・宮崎吾朗" 映画「ゲド戦記」挿入歌「テルーの唄」の歌詞、萩原朔太郎の詩と酷似★2

42 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2006/10/21(土) 18:53:04 ID:KrqvHleP0
萩原朔太郎っていつ死んだの?
死後50年経ってれば無問題でしょ。

51 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2006/10/21(土) 18:55:58 ID:ylu0m7n80
>>42
1942年。
著作権が切れていたとしても著作権料が発生しないというだけであって、
パクリじゃないということにはならない。

 実際には、人格権云々もあるんだけど、結局のところマナーの問題だと思う。上記のレスでそう思った。つまり、「ゲド戦記の公式サイトで、『萩原朔太郎の詩「こころ」に着想を得た宮崎吾朗監督が作詞』という表記のもと(アマゾンでも同表記あり)、原詩を全文公開した上で、『原詩:萩原朔太郎』と表記しなかったのはマナー的にどう?」という問題。まあ、法的に黒となったら、マナーの評価も変わってくるからややこしいけど。。



自分の意見

 自分としては、マナー的にもOKだと思う。でも、根拠は「経験上」としか言えない。こんな意見、今までの個々人の経験によって、いくらでも変わってくるかね。言うなれば、マナーとして「老人がいたら席を譲る」ぐらいに一般化してないとも言える。
 こんな事件が沢山あれば、著作権に関するマナーも整備されると思うけど、おそらく2、3週間後には忘れ去られてると思う。そして、また問題が起こったら、議論→忘れる→議論→忘れる...を繰り返すと予想。

 では、こんなもんで。
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  by syakai21 | 2006-10-22 23:04 | 論評

2ちゃんは乱闘討論

 単刀直入に。

 自分はMizunotori(kazenotori)氏が書く『ウィンドバード::Recreation - 図で見るブログと2chの違い(とネットイナゴの話)』において、「2的空間」での議論・論争がどのような形を取るかの説明に納得がいかない。
 Mizunotori氏は2ちゃんねるでの議論を「観客席へのアピール」「2的空間での審判はROMの人たちに委ねられています。」と説明している。ここのサイトの定義で言えば、「討論」にあたるだろうか。
 しかし、このサイトにも「ほとんどのネット討論では審判がいません」と書かれているように、2ちゃんねるの議論においてROMの人たちを審判とする考えが広まっているとは思えない。

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  by syakai21 | 2006-08-26 00:54 | 論評

『しっぽのブログ: 存在するモノの法則2。人を殺してはいけない理由。』を読んで

この記事は

しっぽのブログ: 存在するモノの法則2。人を殺してはいけない理由。を読んでの自問自答です。

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  by syakai21 | 2006-07-07 02:14 | 論評

『いまどきの「常識」』の評

小論文の練習がてら、本の論評をしてみることにしました。
取り上げたのは、香山リカ氏の『いまどきの「常識」』です。本の構成は、6つのテーマを元に、合計30の小論となっています。この中から一つの小論を選び、書いていきたいと思います。
もともと、香山氏の文書は読みやすいので、練習には最適だと思っています。

「自分の周りはバカばかり」―人間関係・コミュニケーション編―「涙が切り札」

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  by syakai21 | 2006-03-06 18:07 | 論評

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